今年の講書始の儀の中で、歴史学者(専門は古代史と衣服史)で
大阪大学名誉教授の武田佐知子氏の講義が行われた。武田氏の講義では、古代日本で多くの女性天皇が
登場した背景として、その頃のわが国における
男女の性差意識の稀薄さが指摘された。
そのような内容が、皇室制度の改正を巡る国会での
全党協議が再開されようとしているタイミングで、
天皇皇后両陛下はもちろん敬宮殿下も
陪席されている場において、
滔々と述べられるという光景が展開された。
その為、広く人々の関心を呼んだようだ。細部にはそのまま頷けない部分もあった。
しかし、全体として問題意識が明確な、
出色の講義だったと言えるだろう。
テレ東BIZの番組がYouTubeにアップされ、
その様子をノーカットで拝見できる。
また文字としては後日、
宮内庁のホームページでも公開されるはずだ。同氏の著書で私の書斎にあるのは、
『古代国家の形成と衣服制』(吉川弘文館)、
『信仰の王権 聖徳太子ー太子像を読みとく』(中公新書)など。ここでは、武田氏も言及された天皇の衣服を巡り、
いささか補足的な事実を紹介しておこう。
天皇が正装として即位式に当たって身に着けておられたのは、
孝明天皇までシナ流の袞冕(こんべん)
十二章(袞衣❲こんえ·こんい❳+冕冠❲べんかん❳)だった。
それが明治天皇から黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)
に改められた。今の天皇陛下の即位礼でも、やはりそれをお召しになった。
なので、現代の日本人は天皇の正装は黄櫨染御袍という
イメージが強いだろう。
しかし、以前はそうではなかった。では、黄櫨染御袍より前の正装だった袞冕十二章は、
どこまで遡るか。
平安時代前期の貞観年間(859〜877年)に成立した『儀式』
に既に見えている。
更に『続日本紀』には天平4年(732年)に元日朝賀で
聖武天皇が「始めて冕服(べんぷく)を服す」とあって、
これが天皇がシナ流の礼服(らいぶく)をお召しになった
初見記事とされている。しかしそれが直ちに定着したのではなく、
『内裏式』(821年に成立)などを根拠に、
その後1世紀ほどの歳月を経て、嵯峨天皇の時代に
“唐風化(=シナ化)”の帰結として、制度化されたと
見られている(大津透氏)。一方、律令の「衣服令(えぶくりょう)」では
皇太子礼服の「黄丹(おうだん·おうに)」より
上位の服色として、「白(しろき、はく)」が
最上位に置かれている。
よって、天皇の正装は白色の衣装だったと理解できる。袞冕十二章はシナでは上衣が黒、下の裳が赤、
日本では上下とも赤色が基調。
なので、衣服令に規定されているのは明らかに
袞冕十二章とは異なる。白色ならば令文にある
「帛衣(びゃくえ、はくい、はくのきぬ)」だろう。
帛衣は『令集解』に引く「令釈」などに
「帛衣は白練衣なり」とし、
「我が朝(=我が国)は白色を以て貴色となす。
天皇の服なり」との説明がある。
これがシナ流の袞冕十二章より前の、
わが国本来の天皇の正装だった。ここで興味深いのは、古代の「女帝御服」が「白の御衣」
(『西宮記』)とされ、更に「女帝御装束」の内訳が
「大袖、小袖、御裳、已上は皆、白色」(『山槐記』)
などとされていることだ。
これらは、古代最後の女帝だった
孝謙=称徳天皇の御服(御装束)
が規範化されたものだろう。
或いは、その現物が伝存していた可能性もある。シナ化によって、「男帝」の場合は「袞冕十二章」が
正装とされた平安時代でも、女性天皇の正装は
わが国固有の「白の御衣」(帛衣)と
考えられていたことが窺える。男尊女卑=男系主義のシナでは、原則として女帝が
排除されている(唯一の例外は則天武后→則天大聖皇帝)。
だからシナ化の流れの中でも、女性天皇がお召しになるべき
正装の手本がシナにはない。
その結果、女性天皇については、シナ化によって
袞冕十二章が採用される前の、わが国本来の伝統的正装を
お召しになるべきものとされたのだろう。この事実はそれ自体、女性天皇の存在がシナ文明とは
異質な日本の固有性=「日本らしさ」を象徴している消息を、
よく示している。ちなみに、袞冕十二章が正装として制度化された
嵯峨天皇の時代でも、帛衣は引き続き重んじられた。
詔によって、大小の神事(祭祀)などの際に
天皇がお召しになるべき、袞冕十二章よりも
“上位の”最も神聖な御装束とされている
(『日本紀略』弘仁11年2月甲戌条)。
追記
①1月11日、高森稽古照今塾の第12期がスタート。
今期の受講者は約60名。新人も多く参加してくれた。②1月14日、作詞家の森由里子氏のYouTube番組
「ユリコの森チャンネル」のゲストに招かれ、
3回分の動画を収録。17日から公開が始まっている。
森氏は「私の番組では、視聴回数を稼ぐ為に皇室のどなたかを
バッシングするようなやり方は、
ポリシーとして決してしません」とおっしゃっていた。③今月のプレジデントオンライン「高森明勅の皇室ウォッチ」の
公開は1月24日の予定。同日にYahoo!でも配信される。▼ユリコの森チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=buenL_W-z9M【高森明勅公式サイト】
https://www.a-takamori.com/
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